忍返(しのびがえし)

 

熊本城の小天守建物と石垣の間には、石垣を登ってくる敵の侵入を防ぐ為の、忍返しと言う鉄串が設置されています。
 


忍返のアップ写真です。長さも50cm前後はあるような気がします。
石垣を登って攻めるのは難しそうな雰囲気です。
 
 

井戸

 

熊本城内には、120程の井戸が掘られていたようで、現在も17箇所の井戸が現存してます。写真は小天守地下にある井戸です。
 
加藤清正は朝鮮出兵時の篭城戦で水の重要性を痛感したことで、これだけ多数の井戸が掘られたみたいです。
 
それと、お城を築く際の地盤調査の意味合いもあったということです
 


覗いてみるとかなりの深さで、吸い込まれそうな感じもします。。
深い井戸では約40m程あるようです。底の方には水も見えますね。
 
 

狭間(さま)

 

狭間は塀や建物に設けられた、進入してきた敵を身を隠しながら攻撃する為の小さな窓です。
 


自分は身を隠しながら、進入してきた敵をこの狭間から矢や鉄砲などで狙い撃ちするわけですね。
 
 

土台の光りつけ

 

「光りつけ」というのは、土台となる木を石垣の凹凸に合わせて加工する事です。
 
この「光りつけ」を行う事で、土台が石垣からずれることなく、建物の重さを均等に支えることが出来るようです。
 
石垣の奥・横・高さの立体に合わせて木を加工するので、相当高度な技術が必要なんだと思います。
 
 

地図石

 

地図石とは、「打ち込みハギ」という石の表面を平らに加工して、
99個の石を隙間なく組んである特異な場所の事で、地図のように見えることから地図石と呼ばれています。
 
地図石は天守閣へと続く幅広の階段を上る途中にあります。
 


この地図石のところだけは、床と側面がきっちりと加工した石を隙間無く積んであるんですよね。
 
何の為にここだけキレイに積んであるのか、理由はハッキリとは分かってません。
 
日本地図や熊本城の秘密の地図、全国の大名の配置図、城下町の地図などいくつか説があるようでが、単に数寄屋丸の茶室へ向かう装飾敷石という説が有力なようです。
 
 

首掛石(くびかけいし)

 

写真の凹んだ石が首掛石と呼ばれている石です。
 
横手五郎という怪力男が1人で石を首に掛け、花岡山から熊本城まで2キロの道のりを楽々運んだという、伝説の石です。
 
しかし、横手五郎の父親はかつて加藤清正と一騎打ちして死んでおり、横手五郎は清正の仇討ちを狙っていたことがバレて、井戸に生き埋めにされました。
 
生き埋めの際は井戸に大きな石が投げ落とされましたが、五郎は石を受け止め、足下に置いて上ってくるので、最後は砂を入れられて生き埋めになったという話です。
 
 

階段

 

熊本城の階段全般的に言えることですが、その中でも特にこの天守閣前にある階段は非常に登りにくいです。
 
階段の高さや長さが歩きにくい寸法で作られている上、1段1段のの高さや長さも変えられ、歩幅を頻繁に変える必要があります。
 
敵の進行を少しでも遅らせる工夫みたいです。
 
隣に普通の登りやすい階段が設置されてるところもあるので、歩きにくい場合はこっちを使うといいかも。
 
 

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