この熊本城、別名「銀杏城(ぎんなんじょう)」とも呼ばれています。
なぜ銀杏城なのか?
銀杏城というのは、加藤清正が熊本城築城の際に熊本城内に銀杏の木を多数植えたことが由来となっています。
銀杏の木を植えたのは、籠城戦になった際の食料確保のため、というのも1つの理由なようです。
その中でも、天守閣前にある巨大な銀杏の木は有名です。
↓ ↓ コレが加藤清正が植えた銀杏の木です! ↓ ↓
この大銀杏の木は天守閣前の、現在復元工事進んでいる本丸御殿大広間前にあります。
この銀杏の木を加藤清正が熊本城築城時に植えた際、「この銀杏の木が天守と同じ高さになった時、この城で兵乱が起こるだろう。」と、つぶやいた言い伝えがあります。
そして、実際に西南戦争(明治10年[1878年])で熊本城(銀杏城)が戦場になった時、この銀杏の木は天守とほぼ同じ高さになっていたということです。。
西南戦争の際に、この銀杏の木も燃えてしまったようですが、息を吹き返して今の大きさにまで成長しています。
今は天守閣よりは低いですが、それでもかなりの大きさです。
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